何とか
期末試験を乗り越え、夏休み6日目を迎えています。
過去の投稿を見ると試験前はひどく気分が沈んでいたようですが、
最善は尽くせた気持ちでいます。何にせよ、よかった。
目下悩んでいることは、昼夜逆転しかけていることと、そのせいか日中動けないこと。
幸いにして今のところ毎日習い事には通えているし、自主稽古もできているが、
それでも夏休みにしようと思っていたことの1/4にも満たない充実感だと思う。
夏休みには心理学の本を沢山読むこと、英語の勉強をすること、毎日習い事に行くことを目標に期末試験と戦っていたわけですが、
実際明確なスケジュールがないこと、スケジュールが狂いがちなこと、大学までやや遠いことなどがあって、前2者に関してはいまだ実行されることなく、どうしても惰眠を貪ってしまう。
昨年の夏休みも随分堕落した生活を送ってしまっていて、その後反省したつもりだったのだが、なかなか思うようにはいかないですね。かといって、それで片付けていいことだとも思っていません。
話は逸れるが、自分はまさに本ブログのタイトルよろしく「がらんどう」であると思う。
あまり記憶や推論に優れていない。効率が悪い。意志が弱い。人並み以上にできることがない。それでいて、自分は人とは違っているはずだという自負を捨てきれない。
自覚しなければ、がらんどうのままどんどん見かけだけが肥大していくようで、
最近はそのずれによく苦しんでいる。
何もできなくても存在していいんだ、と思えるような強い自己肯定感ももちえないし、
愛らしい見た目や扱いやすい性格とも思わない。
そういう意味で、ありのままに愛されてしかるべきひとたちと自分は区別しなければならないと思う。
だからせめて勉強しなければ、真剣に何かをやらなければ、私が生きていていい理由にはならないと思う。
今日習い事での自分の様子を初めて客観的に見た。
年数が長いからといって人よりできることだと自負していたが、その出来はひどいものだった。正直かなりショックだった。
ただ、「自分が何かをできない」ということに目を背け続けてきたような気がする(だって、そうでなければ存在価値が得られない)ので、
一回積み上げたものをゼロにしなければならないのかなあ。でも、難しいと思う。
以下はメモです。やりたいことを改めて整理。
・毎日習い事に行くことを継続する。帰宅後、10~15分程度振り返りの時間を設ける。どれだけの意味があるのかわからないけれど・・・
・英語を勉強する。
→(具体的には?)
・語彙を増やしたい。まだまだ穴があるような気がするので、
準1級(前回記事では面接終了直後でしたが、無事受かっていました。よかった。)の単語集、1級の単語集を併せて勉強する。その際、あまりにも覚えにくいようなものは体制化して覚える努力をする。
・英文に触れる。
→準1級のテキストを使用。+平易な洋書を多読。
・心理学の本を読む
→講義中で多数の優良な書籍が推薦されていた。図書館に籠る時間がないなら借りて家で読むなど、読む時間をつくる。
学習支援のアルバイトに加えてまた何か始めようかと思っている。
新たなことを始めることで自分の生活が崩れないか心配で、積極的な気持ちにはなれないところではあるが。
結局のところ他人の支援のためというより自分の傷を癒すためにしていることだが、自分の傷が癒えているとは感じられない。
まだ大学を卒業していないし、不完全な身分であるということもあるかもしれないが・・・
今回はこれまで。